それまで、死ぬなよ

片脚に炎を纏い、軽々と宙を翔んだかと思うと、重金属のような重い衝撃を敵に見舞う。その振動で左耳の三つの金属がチラチラと揺れた。背中越しに立て続けに響く、数段進化した技の豪勢なフルコース。 その力を何と引き換えにして来やが...

必ず戻れ

出港の時間が近づいていた。 「淋しくなるねえ」「いつ帰ってくるの?サンジお兄ちゃん」「いつかなあ、お前らがもっとデカくなったらかな」「えー、嫌だ!デカくなっちゃったらサンジお兄ちゃんに抱っこしてもらえなくなるじゃん!」「...

星の泉

血の跡を見つけたのは、小一時間ほど歩いた林の中の小径だった。 辛うじて人ひとりが歩けるほどの細い獣道の足元に点々と、滴り落ちた赤黒い跡が続く。それを追って、遮るように伸びる枝を手折りながらサンジは焦りを感じていた。辿って...

心臓に棲む

普段の些細な喧嘩は、日常会話のようなものだ。あァ?と威嚇されれば倍にして返すのはもはや礼儀ってもんだと思っている。けれど昨夜は少し言い過ぎた。きっかけはもう覚えちゃいないが、何故かヒートアップした言葉の応酬は奴を本気で怒...

第六感

突然、ドドーンという大きな音が響いて顔を上げた。上の部屋の奴が何事かやらかしたのか、それとも雷鳴? 近所で爆発? 急いで窓を開けてベランダに出てみると、東の方角にチカチカと輝くものがある。 「何だあれ…?」 サンジは不思...

畜淫池

「ちく…いん…ち?」 「そうです、『蓄淫』池でございます」全くもって聞き慣れない単語に、脳内にかかった蜘蛛の巣を振り払うべく頭を振った。まず音声だけではその意味がまるでわからない。頭を傾げる男二人を前に、その商人はここぞ...

どんな名でもこの花は

長い間ひとりで噛み締めてきた思いがある。そいつには名前がない。ただ不快なのかというとそれも違う。噛み締めすぎて苦味に慣れてしまった感があるのが笑えてしまうほどだ。かと言って仕込みが終わった後の一服で誤魔化せるほど簡単なも...

詩人

海の色は青じゃねェんだなと隣の剣士が呟いた。刻の頃は、見張りのおれとゾロ以外寝静まった真夜中だ。しかも今夜は新月、珍しく平穏な航路は見渡す限り闇に包まれている。 「そりゃまあ、少なくとも今は青じゃねェよな」 四角い窓の外...

両翼は傷に深し

翼が欲しい。そう思っていた。いつからか?記憶の底にあるのは、土砂降りの雨の中をレインコートを着て大きなバスケットを持って歩いていた、出来損ないの弱っちいおれ。早く、早く行かなきゃと気ばかり焦っても小さい足は歩幅も稼げず、...

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