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現パロ。定番の番号ネタだと思いますが煎じてみた


 失態に気づいたのは改札に入る直前だった。スマホの在りかは間違いなくこの借り物のキャリーケースの中だ。
 急いで開けようとして、とんでもない事態であることを認識した。
 よりによって、だ。
 この旧式のキャリーは鍵が、ダイヤル式なのだ。
「やっべ……聞いてねェぞ番号なんて」
 列車の発車時刻はあと数十分。ホームまでの移動を考えると一刻の猶予もない。
 番号は三桁だった。まず、デフォルトの
999ではないのは確実。出鱈目に回している時間なんてない。とすると。
「あの藻頭が、洒落た数字を使うはずもねェ、と」
 ダメ元で回すしかない。まず、奴の電話番号の一部。違う。今年の西暦の下三桁。違う。部屋番号の下三桁。これも違う。
 あの野郎の、誕生日。
「……だとすると、111になっちまうんだよな」
 連続の数字は推奨しませんと、取扱説明書には書いてあるはずだ。ただし、奴がそれを読んだとはとても思えない。ものは試しだ。
 ダイヤルを111に合わせて、ハンドルを引っ張る。びくともしない。
 違ったか、とホッとすると同時に、だんだんとムカついて来る。何だ、誕生日以外の数字を思いついたってのか、あの野郎。捻くれた事しやがって、頼むわ。
「あー、クソ! 時間ねェっての! バカマリモ! 今すぐここに召喚されて来い!」
 おれの頭で思いつかない数字をあいつが思いついたってことも何だか腹立たしく、何度もダイヤルを弄り倒しているうちに、チリチリと何か別の苛立ちが生まれてくるのに気付いた。時間がない、数字を思いつかない、その焦りが娑婆だとすれば、この苛立ちは天界から降って来た火の粉かのように思いがけず鮮やかだった。一体何を思いついた? お前の頭のナカに生まれたその数字は何処から来た? おれの知らないどんな場所から?
 熱し過ぎた油から薄く煙が上り始めたように苛立ちが沸点に達しようとした頃だ。
 天啓のように三つの数字がいきなり頭に落ちてきた。
 まさか。まさかな。冗談にもほどがある、右脳はそう言っているが反射的に指がダイヤルを巻いた。
 カチリ。
 確かな音が聞こえたのと同時にハンドルを引っ張る。グインと大きく、扉が開くようにキャリーケースは突然中身を晒した。

「開い…………た……」

 呆然とする暇がないのは知っていた。ホームからは出発を知らせるアナウンスが喧騒を割って響いている。
 何をどうしたか分からないまま、気づいた時にはおれはスマホを握りしめてきちんと座席に腰を下ろしていた。

 列車は何ごともないかのように滑り出す。

 032。032。032 ――
 
 頭の中いっぱいに埋め尽くした3つの数字の向こう側に、若草色の髪をしたキャリーケースの持ち主が無造作に振り返る。無表情をキメたその顔に何かを叫びたかった。今すぐに。
 スマホを手に言葉を探す。が、藻頭の丸いアイコンをいつまでもタップ出来ずにおれはただ画面を指で撫で続けた。
 野郎、おれのハートを焦しやがって。帰ったらどうすりゃいいんだ。はじめてなんだよ、こんなのは。

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