三年目
「あー、今日七夕かァ……そういやそうだったなあ」
またそんな風に、わざとコイツは人ごとのように言う。そういう奴だ。分かって言っていることも無論こっちは知ってる。だから言ってやったのだ。
「今日はやらねェから」
「へ?」
「曇りだろ」
「くも、り?」
「曇りの日は会えねェんだろ、彦星は」
ポカン、という文字が顔一面に書いてあるかのような丸い目を晒してサンジは固まっていた。ザマアミロだ。
「え? マリモちゃん……」
「ちゃん言うな」
「マリモさん?」
「さんも要らねェ」
「あのぅ……まさか本気じゃねェよな? 今日やらずしていつやんの? なァ」
巻いた眉毛をハの字にして、懇願するように手を合わせてくる男をしばらく見下ろして溜飲を下げる。
「いつだろうと関係ねェじゃねェか。わざわざ今晩じゃなくても、って言ってんだ」
「いやだからさ、なら今晩もやったってよくねェか? その謎理論なら」
「分かってねェな」
たまにはあんたを苛めてみてェんだってのを。
「一年前に、さんざおれを弄んだ報いだ、バーカ」
「もてあそ……ひっでェなァ、おれァあん時山より深く反省したんだけど」
「それを言うなら海より深く、だろが」
昨年の七夕の日。一年放置の後、ひょっこり現れたこの男におれは翻弄され続け、あらゆる敗北を喫して今に至るんだ。少しは反撃したってバチはあたらねェってもんだ。
「反省したなら今晩は我慢しろよ」
そう言って人差し指でつん、と鼻っ面を突いてやる。するとその指をパシッと掴んでサンジは嫌な笑顔を見せた。
「ようゾロ。忘れてんじゃねェだろうなァ?」
「あ? 何が」
「去年言ったはずだけど。おれァ、」
グイ、と腕ごと引っ張り込まれ、耳元に低く囁かれた。
「彦星はもうやめた、って言ったろ」
そうだった。この男はこういう奴だった。忘れたフリは得意ときてるが肝心な事は決して忘れちゃいないのだ。
スルリと背中に腕が回されたかと思うと、もうシャツのボタンに指がかけられている。全く、相変わらずタチが悪い。
この日コイツに大敗北を喫するのは、もう三度目になるのだった。