【歳の差シリーズ】天の川渡り (R18)

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仕返し

2023.3.2 サンジ誕生日に寄せて書いたものです。


 23時58分59秒。
 59分。
 59分10秒。30秒。45秒。

 零時。

 真夜中。聞こえてくるのは遠くの救急車のサイレンと、目の前のおっさんの寝息のみ。
 すうすうと安らかな規則的な呼吸音にそっと近づく。
 そっと、猫のように。
 静かに枕元に手を付いて、ゆっくりと上から覗き込むようにする。
 腕の真下に、眠りを貪る男の寝顔。
 ——こうして、その後どうしてたっけか……
 慎重に慎重に、寝入る男の顔に己の顔を近づけてゆく。息を吹きかけぬよう、極めて慎重に。
 あと5センチ。3センチ。
 額を覆う細い髪の束に唇が触れた。
 ——確かこうして、下唇から置いて、その後吸い付くように……
 額にかかる前髪の隙間に口元を運ぶ。巻いた眉のすぐ横に、下唇を……
「ん…………」
 すると突然、目の前の着地する額が消え失せた。横を向いていたサンジの顔が正面を向き、左腕がんんんと上げられて額の上に添えられたのだ。
 そのままの姿勢で、サンジはまだすうすうと寝息を立て続けている。

 おい。
 んなのアリかよ!!

 今までこの日のために、あんたのやり方を何度反芻して練習したと思ってやがる。あり得ねえ。どうすりゃいいんだ。
 唇の着地場所を失っておれは情けなくもしばらく呆然としていた。そのまま数分、いや数十分経っていたらしい。自分の誕生日を迎えたというのに安眠している男を目の前にして、諦めかけていたその時。
「んん……」
 再び反対方向に寝返りを打ち、額の上にあった腕が元に戻された。着地場所はすこし下がった眉とともにきれいに目の前に晒されている。寝息は、相変わらず規則的だ。
 今か。
 先ほどと同じように、ゆっくりと着地場所へ唇を運んで。息を詰めて。下唇から先に……
 そっと額の皮膚に触れてそのまま吸い付くようにすると、ほんの少しひんやりとした体温が、唇から伝わってくる。

『愛を込めて』
 誕生日の日、サンジはそう言っておれのデコにそんな呪いをかけてきた。寝入りかけのふわふわした時間の隙を付かれたのだ。目を開けば悠然とおれを見下ろした青い瞳が降ってきて、またしても狡いこの男の仕業になすすべもなかった。だからこんどは全部呪い返してやる。あんたの呪いには負けやしねェ。
 そんな願いも虚しく。
 あっという間に首を取られた。とたんにバランスを崩したおれを強く引き、抱きかかえられる体勢になってしまった。そうなればもう向こうのペースなことは身に染みて分かってる。
「……なぁんだ、ゾロ? 不意打ち? 成長したなァ」
「くっ……そ、起きてたんなら、そう言え」
「いいや? 寝てたぜほんとに。お前が起こしたの」
「うそつけ」
「ほんとだって。夢見てたんだよ、お前のな」
「あ? 夢?」
「そ。あったけー抱き枕だなあと思ってたらそれが動き出したんで驚いたんだよ。お前だったんだな」
 そんなことをほざきながらクックと笑う男に、またも主導権を取られた悔しさをなんとかしてやりたくなった。
「それァ、夢じゃねェよ」
 のしかかり、頬を両手で掴む。半開きの唇の間に強引に舌を滑り込ませると、味わうように回し入れ上顎をじっとりと舌全体で舐ってやる。こいつのいつものやり方を必死で思い起こしながら。頬の内側、舌の付け根、それから……
「ぷは」
 唇を離すと最大級に嬉しそうなツラが目の前にある。
「……強烈なプレゼント、ありがとな」
 あんたの呪いはよく効くんだ。そう言ってやるとますます顔を綻ばせて、また一つ熟れた男はおれの胸元に鼻を埋めてきたのだった。

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