大秘宝

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ラフテルが近いらしい。
この船の美人航海士が言うことには、ログポースの指す次の島こそがいよいよ最終目的地、ラフテルなのだという。改めてそう言われると、いよいよ到着かと胸が躍る。まだ一つひとつ思い返すのは早い気もするが、けして簡単ではなかったこれまでの航海に思いを馳せると、やはりこの船に乗って良かったという結論になりそうだ。
ラフテル、ラフテル!と浮かれて騒ぎ立てるクルーの端にふと目をやると、柵に肘をかけて静かに海を見つめる野郎がいた。ゾロだ。
コイツとは長い付き合いになった。おれがメリーに乗り込んだその時から既にコイツはいた。それは船長はもちろんナミさんもウソップも同じなのだが、コイツは違う。友好的とは言い難い態度がしばらく続いただけに、警戒し合い、いがみ合い、文字通りぶつかり合って来ただけに、関係性を築くのに他の奴らとは一味ふた味以上は違う努力が要ったのだ。それだけに、濃い。おれの麦わらの一味としての船旅は、ある面でコイツとの戦いの履歴なんだと思う。
そしてその結果は。
「どーした、ゴールが近づいてセンチメンタルマリモになっちまったか?」
軽く揶揄してやると、ゾロは眉ひとつ動かさず、こちらを見もせず、しかし穏やかに応えた。
「まあな」
「おっと肯定」
こうだ。ここに来て、ゾロはおれの揶揄いを買わず素直に受け取るようになった。以前なら物足りずに敢えて焚き付けてケンカに持ち込んでいたもんだ。それがコイツとの最良のコミュニケーション方法だったからだ。おれ達は揃ってバカだから、そんな事しか思いつかなかった。
「さすがの大剣豪さまでも、旅の最後に思うところがおあり、と」
「そりゃあそうだろ。簡単な航海じゃなかったしな」
「簡単どころか、何回も死んでておかしくねェしな」
「ああ。全員、五体満足で揃ってるだけでもめっけもんだ」
「特にてめェは、な?」
そう言ってやると、ようやくこちらを見たゾロは、ふ、と僅かに笑った。

航海の後、この世界が、そしておれ達が何処へ行くのかはまだわからない。
けれど、おれとゾロがたどり着いた場所は誰にも知られはしない、この世で唯一の秘境だろう。
何しろ笑ったのだ。この男がおれの前で。
それだけでおれは生きてる甲斐があると思ってる。
どんな宝よりも得難いおれだけの大秘宝は、確かに存在していたのだ。

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