RUN,RUN,RUN

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子供の自分と一緒に走る一味のグッズのイラストがあまりに可愛くて書きました。それぞれの性格が出てるなあと思って。
安定の不憫なウソップごめん。

「うわ、わわわわ?」
素っ頓狂な声の主は、この船の狙撃手だ。なので、どうせ大した事じゃねェだろうと放置していると、
「わ、うわーー? な、なんだこいつら!」
と、今度はいつものカンに障るコックのデカい声が聞こえて思わず目を開けて声の方を見てしまった。
騒いでる奴らの目の前には、何もない。やっぱ、大した事じゃなさそうだ。
「ッチ、うるせェなあ、寝らんねェだろ!」
文句の一つくらいは言っておこうと立ち上がり、コックの後ろへ近づいてみると
「あー! ゾロだ!」
「ぞろ!」
と、この船には居ないはずの細かい声が足元から口々に聞こえてきた。
「おー、寝腐れ。てめェも居んぞ」
「あァ? 一体何の声…だ…………」
???
見ると、ウソップとコックの足元に、ウソップとコックと、おれ、が居た。
正確に言うと、ウソップとコックとおれ、の、チビが居たのだ。
「はああああ? な、なんだコイツら!」
気づけばさっきのコックと同じセリフを吐いた自分に、まず嫌悪が走った。
にしてもコイツらは一体何だ。身長はかなり小さく、だいたい6〜7歳くらいか。服装は、ウソップは今とたいして変わらずだが、コックのチビは白いコックコート、そしておれといえば、シモツキ村にいた頃の稽古着だ。三人とも、デカい目を目一杯広げてマジマジとおれ達を不思議そうに見つめている。
「コイツら、もしかして、おれらの小さい時のか?」
「……どう見てもそうだな」
「……ほ、ほんとにおれだよこれ、まだ鼻も短ェしよ! は、はははは、……って、こりゃあ一体どういう事だよ!」
「……おい、お前ら」
コックはしゃがみ込み、チビ共に目線を合わせて穏やかな声色で語りかけ始めた。そういうところは、数少ないコイツのいい所かもしれないと思う。得体の知れないチビでもちゃんと、一人前として扱える男なのだ。日頃は女に過剰なほどの奉仕を施す一方、野郎には容赦ない塩対応であるコイツだが、小さく弱い者には対等に接する。それは以前から知っていた事でもある。
「お前らは、ウソップ、ゾロ、…サンジ、だな? 歳はいくつだ?」
「8歳だ!」「おれも!」「おれもだ」
「そうか、で、どこから来た? お前らの住んでる家はどこにあるんだ?」
「おれ、おれは、イーストブルーのシロップ村ってとこに住んでる。何でか知らねェけど、港から家に向かって走ってる途中でコケて穴に落ちたんだ! そ、そしたらこんなとこに……う、嘘じゃねェぞ!」
「穴? なんだそりゃァ……おい、お前もか? おれ。いや……サ、サンジ」
「お、おれは、船に乗ってたんだ、オービット号って船の見習いコックなんだ! 食品庫に入ったはずが、真っ暗な穴に落ちちまって……」
チビコックの話を聞いているサンジは、少しの間、沈黙している風だった。オービット号。見習いコック。初めて聞くコイツの過去だ。コイツに出会った時はバラティエの既にクソ生意気な副支配人とやらで、その身は今や見慣れた黒スーツで固められていた。そういや、このチビみたいなコックコートを着込んでいる『コック』を見たことはねェな、と気が付いた。
「なーる……お前、オービットに乗ってる時のおれ、か……」
暫し、何やら感慨深そうに黙っているサンジに向かって、となりの『おれ』が声を発した。
「おれも、穴に落ちた。墓参りの帰りに」
いやに透き通った、ハッキリとした自分の声に一瞬、ギョッと冷や汗が流れる。
「墓参り?」
「ああ。おれの村は夏になったら、せんぞが山から帰ってくるからって、迎える祭りをするんだ。それで村のみんなで連れ立って墓参りする。その帰り道に、みんなが迷子になっちまったから探してたらよ、なんか穴に落ちた」
それを聞いた途端、ウソップとコックが同時に、あー、と呆れた声を上げた。
「お前なあ、それは、お前が迷子になったんじゃねェの?」
おれのチビに目線を合わせたコックが笑を含んだ声で話しかけると、チビのおれはムキになったように答えた。
「ちげェ! 迷子になったのはあいつらだ。いつもすぐいなくなっちまうんだ!」
それを聞いて耐え切れないとでもいうように、ウソップとサンジは顔を見合わせて笑いを堪えながら肩を震わせている。
「おい、何笑ってやがる、コイツはほんとのこと言ってんぞ。だいたい昔からよくおれの周りの連中はすぐいなくなる」
「ククク……おいマリモ、よーく分かった。てめェの方向音痴は先天性だって事をな」
「あァ?! だから違ェって言ってんだろうが」
「ま、まあまあゾロくん、ここは抑えて、それどころじゃねェよ、で何なんだその穴ってのは?」
「うーん……まあここは新世界だしな、何が起きても不思議じゃねェ」
「いや不思議しかねェよ!」
「とにかくコイツらは、何らかの次元の歪みかなんかに落ちちまって、未来のおれらのとこに飛んできちまったみてェだな」
「んじゃ、その穴ってのにまた落ちりゃあ、元の世界に戻れんのか?」
うーん、と、その場の全員が首を45度に傾けて固まってしまった。すると、そのうちポン、と手のひらを打ったウソップが、困った時はロビンだ! と叫ぶや否や、ロビンのいそうな図書室へと猛ダッシュしていった。

「そうね……確かに、次元の歪みに落ちたみたいね」
そう静かに言いながら、ロビンは手元にある分厚い本を捲って、とあるページで指を止めた。
「あった……ここだわ。満月の凪の夜、逆方向に開く次元の穴が現れやすいのは……あら、ちょうどあの島の方向ね」
ロビンのいうあの島とは、どうやら次に停泊する予定の島らしい。真ん中にデカい山のある島が昨日から水平線上に浮かんでいる。
「ちょうど今夜は満月。風のピタリと止まる僅かな間だけ次元の穴が開くみたい。おそらく、山の山頂あたり」
「山頂、か……」
「おし、お前ら。唯一のチャンスだ。船が停まったら一緒に行くぞ」
サンジが腕まくりをしながら言うと、チビウソップは、えええーとあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。チビの足であの山を登るのは確かに難儀だろう、そう思案していると、横で話を聞いていたチビコックは何やら目を輝かせている。そして、
その隣の『おれ』も、同じように目をキラキラとさせていた。
「ふは、いい眼してやがんな、チビマリモは」
「……てめェもだろチビコック」
「さあさあ、いいかウソップ? ちゃんと辿り着ければお前は未来を旅した英雄になれる。その名も、ソゲキングだ」
「そげ、きんぐ?」
「そぉーだァ! 嘘じゃねェぞ? お前から見た未来のおれは、狙撃のヒーローソゲキングとして名を馳せている! ちゃんと帰らねェとヒーローになれねェぞー?」
「ひーろー……!」
みるみる目に力が湧いたかのようなチビウソップは、すっかり行く気になったようだ。

「いっくぞー! 未来のソゲキングー! しゅっぱあーつ! そげきーの島でー、生まれたおーれーはー」
腕を突き出して、ノリノリのウソップに合わせてチビウソップもオー! と同じように腕を上げ、何やら妙な行進曲の鼻歌に合わせて踊るように歩き出した。
「んじゃ、行ってきまーす、ナミすわん、ろびんちゅわーん♡」
「ねえ、ちょっと! 今の時間の凪、一瞬よ! 30分くらい」
「あら、急いだ方がいいわね。穴が光り出したら閉じてしまう前兆だそうよ」
「ぬ、ぬわにィ? おーいチビ共、急げェ! 走るぞ!」
案の定というべきか、山頂あたりがボンヤリと光り始めているのが見てとれた。

「なーかなか早ェなあ、クソチビのおれ」
「当たり前だ! 足には、じしんあるんだ!」
「んじゃぁ、もちっとスピードアップできっか? ほい、行くぞぅ」
コックコートを着たチビは足をフル回転させて必死でサンジに付いていく。さすがに野郎といえチビ相手には眼差しが優しいサンジを横目で見つつ後ろを確認すると、目をギラギラさせながらチビサンジに常に並ばんと必死に走るチビのおれがいた。
やっぱり負けたくはねェよなァ。
「おい、一番になりてェか?」
そう『おれ』に尋ねると、歯を食いしばった顔で、なりてェ! と絶叫した。
「うッし、いい返事だ。んじゃ、一番乗り目指して走れ! おらもっと早く行くぞ」
「くっそお、待てー!」
チビにはキツいかというペースでダッシュしてみると、必死の形相で目を充血させながら『おれ』は食らいついてくる。にわかに、シモツキ村で毎日毎日、ライバルを超える事を目指して剣を振っていた頃の事が脳裏に浮かんだ。超えるべきものが目の前にあればあるほど燃える己の性分を、この必死なチビの中に改めて見る。大剣豪になるための最大の砦はいま何処にいていつ倒せるのか。ふとそんな事を思う日には大抵、見計らったかのようにこのクソ生意気なコックがおれに喧嘩を吹っかけてくるのだ。コイツと思いきりやり合うとそんな燻りは一旦跡形もなく消え失せる。忌々しいほどに。いま隣にいるライバルに、このチビの頃出会っていたらどうだったのか、そんな問いが浮かんでは消えた。
山頂の鈍かった光が、だんだんと輝きを増してきた。リミットが近いようだ。中腹を過ぎた頃、さすがにチビ共の足の進みが鈍ってきた。
「うぉい、頑張れウソップ! あと半分くれェだ」
コックの叱咤にもうムリだと舌を出しつつ、ふたりのウソップはうなだれながら足を引きずっているのだが、チビのコックはというと、細っこい足をクルクルと回転させて意外なほど軽やかにサンジの後をついて来ていた。コイツが昔のコイツに等しいというのなら、体力があって足も頑丈なのはチビの頃からという事か。そんな事をふと思いながら進んでいると、チビコックと『おれ』が、にわかに競走を始めた。おれのほうが速ェ! いやおれだ! と、横並びで言い争いながら走るのを見てコックは苦笑いを抑え切れないようだった。
「チビの頃から負けん気強ェなてめェは」
「あ? 負けん気、じゃねェ。負けねェんだよ、チビコックなんかにゃァ」
「あァん? デカくなったら口もデカくなりやがったな、あんな可愛げがあるガキだったとはとても思えねェ」
「ハ、てめェこそ、ちっせェくせに妙にコック服が似合うガキだったくせしやがって、こんなキザったらしいアホ面になっちまって残念だ」
「んだとぅー? やんのかコラ」
「あの君たちィ、よく分からねー理由のケンカしてねェで、ちょ、ちょっとペース落としてくれねェかあ、ゼェゼェ」
理由なんざハッキリしてらァ、コイツがムカつく事ばっか言いやがるからだと怒鳴ったが、ウソップは肩を竦めて無意識ってコエエな、などと意味不明な事をほざいている。そうこうしているうちに、ようやく山頂と思しき辺りにたどり着いた。光を発している方へ歩いていくと、火山の火口のような窪みがある岩陰に出た。
「これだな」
「おい、めちゃくちゃ光ってるぞ! 早くしねェと閉じちまう」
「おう、お前ら、よく頑張って走ったな。間に合ったみてェだぞ」
コックがチビどもをそう言って労うとチビの『おれ』とチビコック、そして汗びっしょりの顔をだらりと伸ばして息も絶え絶えなチビウソップは、一斉にぱあっと顔を明るくさせた。どんなガキでも褒められると嬉しいのは共通らしい。それにしても、青い目をキンキラと宝石みてェに光らせてニコニコしてやがるこのチビが、この煙草臭ェチンピラ野郎に早変わりするってのは、新世界最大の不思議ってもんじゃねェのか?
「ありがと、ゾロ、ウソップ、さ…ンジ」
チビコックが少し照れたように言った。
「お前らが頑張ったからだ。ほら、行け。気をつけてな」
すると穴が発する光が、にわかに点滅し始めた。どうやらタイムリミットらしい。
慌てて穴に飛び込むチビウソップの後に、こちらをチラチラとしながらチビコックが続く。そしてその後を『おれ』がよじ登ろうとして、ふいにこちらを振り返って言った。
「なあ」
「ん? どうした」
コックが優しげな声色で尋ねた。
「おれ、また、コイツらに会えるかな」
一瞬、目を見開いたコックは、ゆっくりと、おれとウソップを見回してから、にっこりとして答えた。
「おう! また会えんぞ! 心配すんな!」
それを聞いたチビの『おれ』は、今まで一度も見せなかったような笑顔でバカみてぇに破顔した。

「それにしてもよ」
「あ?」
帰る道すがら、さっきから頭を離れない疑問を尋ねてみる。
「てめェ、『クソコック』を標榜してる割には、あのチビみてェなコック服を着たことねェじゃねェか」
「は? 標榜、じゃねェよ! 正真正銘、おれは、海の名、コッ、ク、だろうが! てめェ、今まで食ってきた飯は誰が作ったと」
「あー、わかったわかった、そこじゃねェ」
「ソコじゃねェならドコなんだよ」
「だから、コック服、ってやつを着た事ねェだろ、っつってんだ」
「コック服ぅ? そんなもん、今までバラティエでもオービット号でもずっと着てたぜ」
「いや……だからよ、それをおれは見た事ねんだよ」
「は?」
「……」
「見てェ、ってこと……?」
「……」
おれの苦虫を噛み潰した顔を見てどう思ったのか、目の前の男は急ににへらと目尻と眉尻を垂れさせて、おれの肩に肘を置いてきやがった。
「何、マリモ君? おれのコック服を見てみてェって? そうかそうか、メリーに乗って以来コック服なんて船で着た事ねェもんな? おれのプロフェッショナルな姿を見て改めて色男ぶりを見直してェって?」
「そこまで言ってねェ」
「はいはい、言ってねェけど、顔に書いてあるんだけどよ」
わざとらしくもたれかかって来たコックは、つ、と人差し指でおれの首筋を辿った。
「やめろバカ」
「んー、そこまでリクエストされちゃあな、おれもしっかり応えたいわけよ、なあウソップ、次の島っていつ着くんだっけ?」
「あーもう、知らねェ!」
そう絶叫したウソップは、何を急いでいるのか足をもつれさせながら、おれとコックの前を見たこともないスピードで走り抜けていった。

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