まいにちのうた
「お」
洗い物を始めようとシャツの腕まくりをして、キッチンの蛇口をひねろうとした時だ。横からぬぅと筋肉質の腕が伸びてきて、おれの手の甲を上から止めた。
「おれがやる。先に風呂入って来い」
「おぉ? どうしたどうしたマリモくん」
「明日早えんだろ、朝」
そう言って有無を言わさずという風におれを押しのけ、自分がキッチンの主ですとでもいうようにシンクの前に陣取った男をしばし見つめる。
「え……お前、よく覚えてんな」
「てめェのシフトなんざ丸暗記してら」
不意打ちに投げられた言葉に、思わず鼓動が強く鳴る。
いいから早く入れ、と肘打ちをくらって、んじゃお言葉に甘えてと言ったところでふと思い出した。
「ああっ、と。おい、これの洗い方ひとつ言っとくわ」
「あ?」
最後に洗おうと端によけていたものを取り上げてゾロの前に差し出して見せる。さっきの夕食で使ったフードプロセッサーだ。
「これァ洗う時に気いつけなきゃならねえやつだ。こいつの刃はマジあぶねェから、スポンジじゃなくこっちのブラシで洗え。んで、洗った後は絶対に他のと一緒に置くな、こっちによけて、刃の上にこれ被せとけよ」
そう言って、棚にあるアルミのざるを取り刃の上にすっぽりと被せて見せた。
「了解?」
「あー、分かった」
じゃあよろしくとゾロの肩をポンと叩き風呂場へ向かう。廊下への扉を開ける前にもういちどキッチンの方を振り返って、無心に皿を洗うゾロの後ろ姿を少しの間見つめていると、胸に灯り続ける火がまたちらちらと揺れた。
「お先ぃ」
濡れた頭をタオルで拭きながら戻ってくると、ゾロはテレビの前に胡坐をかいてさっそく缶ビールを一本空けていた。そういやあとキッチンを見ればシンクはすっかり片付いていた。空のシンクの中はピカピカと磨き上げられ、皿は順序良く食器籠に積み重ねられ、布巾はきちんと絞られて布巾掛けに四角く掛けられている。そして、籠の横には、しっかりとざるを被せられた、丸い小山がさりげなく自己主張していた。
「ははッ」
思わず漏れた笑い声にゾロが振り向いた。どうせにやけた髭面に訝しんでいるだろう男に近づいて、濡れた頭でがばりと覆って抱きしめる。うわばか冷てぇ濡れるだろと暴れる男をそれでもぎゅぎゅっと抱きしめて、弾け切れそうないとしさに全力で耐えた。
無心な背中に完敗。とてつもない素直さに完敗。
積み重ねてゆく毎日に、乾杯。