雛鳥は三度瞬く

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聖夜の小リス

「しゅと……?」
「シュ、トー、レン。うちの店で作った…っていうか、おれが作ったんだぜ、これ」
 ゾロは皿に乗せられたそれを不思議そうに眺めていた。おれが飛行機を往復する間、ずっと握りしめていたおかげで形は半分崩壊し、白い粉の塊が塗されたよくわからないパンのようなものに変わり果ててしまったそのケーキを、それでもゾロは無言でフォークに取り、口の中にぶちこんで咀嚼した。その様子を息をつめて見つめていると、
「んなジッと見んな。食いにくい」
とクレームを受けた。
「……わァったよ。んじゃこっち向いとく」
 キッチンの方に向かい、カウンターの椅子を引いて腰かけてジッと待つ。背中でモグモグというやはり小動物が餌にありついたというような音を聞きながらふと思った。自分の作ったもんをゾロが食べるのは初めてではない。ありあまるほど貰って来た牛乳を使った石狩牛乳鍋。ズワイガニのテリーヌ。ハスカップを大量に使ったアイスクリーム。どれもコイツは美味そうに頬張っていた記憶はいまも鮮やかだ。
 けれどおれには、まだ聞いていない、どうしても聞きたいゾロの言葉があった。
 後ろを振り返ろうか迷って、ほんの少し横目を使って様子を伺おうとした時だった。
「美味ェな、これ」
 ――え?
 どうもおれは拗らせすぎて、ついに幻聴が聞こえるまでに病んじまったのだろうか。そう思って声の主を確かめようと振り返った。
 そこにいたのは口いっぱいに頬張って顔の形が丸くなったリスのようなゾロだ。
「え?」
 思わず、心の声をそのまま出してしまった。
ゾロはまだ口を動かしながら、皿に残ったひとかけらをおれに突き付けてきた。
「お前も食えよ、美味ェぞ」
「ほんとか……? 美味ェ?」
「おう」
 ゾロは、満面の笑みをおれに向けてそう言った。
 心臓にハートの矢がズドンと刺さった。漫画のようなあの現象は、本当に起きるものだったのだ。しかも予想外に太い矢はしっかりとおれの急所を射てしまったようだ。
 雑にフォークに突き刺されたシュトーレンのかけらを口元に向けられて、子供のようにおれは口を開けた。塊をいっぺんに口の中に入れられ、必死に頬張って、飲み込んだ。
「な?」
さも自分が作ったかのように得意げにゾロはニヤリと口角を上げた。もちろん何度も味見したはずだったが、何だか少ししょっぱいような味がするし、ゾロに餌付けされたかのような自分が可笑しくて、声を出して笑った。目の前のゾロは何笑ってやがんだ、と初め訝しげな顔をしていたが、おれがあんまり笑うので、へんな野郎だ、と半ば呆れて、そのうちもういいだろとおれの頬をつねってきた。いてェよ、とゾロの頬をつねり返すと案外柔らかな頬がびよんと伸びたので、おれはまた笑った。

「なあ、ゾロ、明日もさあ、言ってくれよ」
「ッ、離せって、何をだよ」

 何回でも聞きてェんだよ。お前の『美味ェ』をさ。
 これから先も、ずっとずっと。

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