エピローグ
長い夜を歩いていた気がする。
遠くに光のさす出口が見える。
それは大きなアーチ形をしていて、上部には色彩豊かなステンドグラスがはめ込まれている。そのガラスひとつひとつには、何かモチーフのようなものがそれぞれに象られていた。花の形、剣の形、鎧、宝箱、金貨、十字架、手。それから、ランプ、そして、何だろうあれは。心臓……?
『ここから出るには、ひとつ選択せねばならない』
ひとりの門番らしき厳めしい男がそこにいた。こいつは、言う通りにしなければここから出られそうにない。
『選択?』
『そうだ。お前が手に入れたいものを一つだけ選べ』
手に入れたいもの?
『よくわからねぇな。こん中には無ェ』
『本当に無いのか? よく見てみるがいい』
『無ェよ。どの形も別に欲しいもんじゃねェし。それにあの心臓はなんだ? 誰の心臓かわからねェよ』
『心臓は、自分以外のただ一人のものだ』
自分以外の?
『要らぬなら、気にせずともよい。しかしこれを選択すればお前が欲しい人間が手に入る』
『……何だって』
『その人間の命、人生、感情、すべてはお前のものになる。そのかわり、後になって捨てることは出来ない』
『…………』
『どうするね?』
『……要らねェ。今何かを選んだら、それはおれの意思で手に入れたんじゃねェってことだろ。何を選んでも、いずれは手から離れていく。それなら自然に任せるさ。おれは、何かをここで選ぶくらいなら、この闇から出られなくたって構わねェ』
◇
白いカーテン越しから差し込んだ陽の明るさに目を開いた。妙な夢だった。おれは何も選んでねェが、出口から出られたのか?
隣に目をやると、ふわふわとした緑色が鼻先の視界いっぱいに広がっている。そっと手を伸ばして触れようとすると、大きな山がのそりと身じろぎしながら反転してこちらを向いた。
「んぁ……」
あー。
ホンモノだ。これはホンモノのマリモ。
夢だったらどうしようかと思っちまった。
おれは選択しなかったが、ここにいるってことは、貰い受けちまったってことか?
「……ぞーろ」
むやむやと言葉にならない呻きを発しつつ、ようやく薄目を開けてこちらを認めたゾロは、次の瞬間、某高性能な海外製ケトルのごとく、顔を急激に沸点に染めて飛びのいた。
「ッ、ッ! おま…………」
「はよ」
「…………お」
「熱、どうだ?」
手のひらをゾロの額に伸ばすと、その手は瞬時に払いのけられた。
「コラ、熱はっての」
「うるせ、何も、ねえ」
眉間には深い皺。殺気溢れる表情。にも拘らず、なんて香ばしい顔色してやがる。熟れたトマトもビックリだ。
「これが何もねェ奴の顔色かよ」
ぎゅむ、と頬を左手でつまむと、苦々し気にゾロはおれを睨み付けた。
なあゾロ、本当はずっと見たかったんだ、お前のそんな顔。
「なァ、ゾロ、おれのせい? それ」
噛みつくような勢いで、ゾロはおれの唇を奪いにかかって来た。荒っぽくて、全くの野獣みてェなその唇が、饒舌に語ろうとするものが、まともにおれの心臓にヒットして痛いくらいだ。もっともっと抱きしめて、締め付けて、ドロドロに溶かしてやりたい。封印の解けた欲と祈りはようやく日の目を見た反動のまま、もう止めようもなかった。
もしもおれを選んでくれたなら、永遠に傍にいる。
あの青い冬、言えなかった欲と祈り。
お前は 光の先に在れ
End.