Innocence
去年の春先のことだ。
マスターの使いで配達をして来た帰り道に、ちょっくら魔が差して遠回りをする気になった。わかりやすい直線の幹線道路を外れて細い道を曲がると、視界がグッと開けた河原に出る。河川敷は時々自転車やランニング中の人が交錯したり、学校帰りの中学生男子が無意味に追いかけ合いをしたりと、わりあい賑やかだ。
川沿いには桜並木が続いている。蕾は膨みきっているものの、まだやっと花はほころび始めたばかりのようだ。きっと満開の頃には、この河川敷は花見の宴で大騒ぎになるに違いない。そんな風に桜を眺めながら歩いていると、少し離れた土手の方がこんもりと白くなっていた。それは緩やかな河川敷沿いの道のカーブに沿って次々と現れ、何処までも白く白く続いている。近づいてみると、まるで花嫁のベールのように土手一面を真っ白に覆い尽くし、蒼い空に高らかに春の開幕を歌っていた。おそろしいほど無垢な、圧倒的な白だった。
おれはそんな白を他にも知っている。
冷たく閉ざされた大地。硬く凍った湖に越冬するオオハクチョウやツグミが朝の白い霧の中に浮かぶのを、同じく白い息を吐きながらアイツと見つめていた日。あれは逃げ場のない白だった。圧巻の白い世界の中でただおれだけが、 その白を汚している。そう思った。
だからおれは。
真っ白な雪柳たちは、ただ無心に歌う。
ほら咲いたよ。こんなに白く。
貴方も歌おうよ。ほら一緒に。
触れた花弁は柔らかくて、ある手触りを思い起こさせた。
雪解けに覗く新緑の色をした、あの。