現パロ、全年齢。シリーズ全8話。北の国幼馴染の二人は、高校を卒業し、サンジは料理人になるための修行に東京へ旅立つが・・・
2023.8. 「まいにちのうた」を追加しました。
青い冬
「東京へ行く」
顔を見ずに、ひと息に言った。
ひゅ、と息を吸い込むわずかな音が後ろで聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。
雲の動きが早い。
霜を下ろすのをいつにしようかと逡巡しているような、薄いグレーの雲がどんどん頭上を流れていく。
真っ黄色に敷き詰められた銀杏の葉が、風に巻き上げられて肩に落ちてきた。それを払うのを口実に少し斜め後ろを振り返ると、口を半開きにしたいつもの面がちゃんとあった。
おれの話なんぞ、いつも生返事で、あぁ、とかおう、とか、へぇ、とか、至極短い相づちしか返さねェのが常の野郎だ。そのうち、まあ「そうか」とかなんとか言うだろう。
だが一向にその半開きの口は動き出さない。
「……聞こえたか?」
「東京?」
「聞こえてんじゃねーか」
ポケットの中を探る。ない。こんな時にタバコを忘れるなんて、オレとしたことが。
視線を、日の落ち始めた地平線に戻す。
「東京行きは前から思ってた。あっちは店の数も人の数も桁が違う。ここに居ても、なあ……」
「……」
「こっちの人間は、優しすぎんだろ」
「……」
「……東京はさ、地平線がこんなに見えるとこはねェんだろうな? どこ向いても人とビルと……壁だらけなんだろな。ま、その壁がいまのおれには必要なんだよ。一流コックになる道は、辛けりゃ辛いほどよく熟す、ってな?」
「……」
「あっちはさ、エアコンでも冬が越せるらしいぜ。薪で風呂沸かすような貸家はなさそうだし。だからてめェの筋肉も借りなくて済む」
無言を背に、グレーがかったデカい空を見上げる。何処までも走って行けそうな大地。このデカい土の上でおれらは育った。走っても走っても、おれらを遮るものは無く、山盛りの自然の恵みで腹をいっぱいにしながら、笑って怒鳴って喧嘩して……うん、ほぼ喧嘩だったけどよ。
風の音。夕暮れの香り。
無言を貫くコイツを後ろに、ただ歩く。
引き留める声を聞きてェなんて、使い古した淡い期待は、もう今を最後にここに置いて行くんだ。
「冬が来る前に、行くわ」