twitterのチャラサフェス企画に投稿させていただいたものです。
迎えの車が渋滞で遅れているという連絡があってから、かれこれ数十分が経つ。到着時間が読めない苛立ちを鎮めようとホテルのロビーに向かった。幸い、今日の観客はほぼ帰宅の途についたようだ。そこここにいくつか空いたソファがある。その一つに身を沈めて、場所を確保できた安堵についため息をついた。
その時、となりのソファに人の気配がした。ふわりと甘さを含んだスパイシーな香りにふと見上げると、男性がひとり腰をかけるところだった。男性は、深く腰掛けると同時に長い足を組み、肘掛けに片腕を預けて顎に手を添えた。その物腰があまりに優雅なのでつい目をやってしまう。仄かに光沢のあるベージュのスーツ。柔らかな生地とゆるやかに身体にフィットする形から、おそらくイタリアブランドの仕立てだろう。そして、第二ボタンまで緩く外したシャツはピンクと黄色の幾何学模様をしていた。一歩間違えば趣味の悪いチンピラになりかねない柄を、こんなにも普段着のようにサラリと着こなしているのだ。ジャケットの胸ポケットには、チョコレート色のサングラスが何げなく刺さっている。靴は、艶めいた漆黒のなめらかな革が美しいオックスフォードだ。一見クラシックなスタイルだが、ヒールにはシルバーのスパイクが散りばめられており、なんとも煌びやかなのだった。何よりも主張を放っていたのは靴裏だ。鮮やかな濃いピンク色がこの男性の艶めいた個性を存分に見せつけていた。職業柄一目で分かる、これはルブタン。Greggyrocksに違いない。この靴をこんなにも履きこなす人物に、長年この業界にいてもお目にかかったことはなかった。この男は何ものなのだろう。そんな素朴な興味にかられてマジマジと眺めてしまっていたのか、男性が突然声をかけてきた。
「レディも待ちぼうけかい?」
突然のことに驚いて男性の顔をはたと見つめた。黄金色をした髪が片側だけ撫でつけられ、片方の目だけが優しげにこちらを見つめている。その瞳はあまりみかけないような、少しくすんだブルー。髪色と同じ眉はなぜか渦を巻いている。蓄えた顎髭は入念に整えられているのだろう。髪色も相まって不思議としつこさが無い。
「え、まあ、車を待っているので」
「じゃあ同じだねレディ。僕も人を待っているんだよ。でも待ち時間を君のような美女と過ごせるなんて幸運だなァ、待ち人に感謝しないとね」
男性は澱みなく甘いセリフを投げかけ続けた。この会場にいるということは、今日のコレクションの観客か関係者に違いないはずなのだが、何となく他の人とは異質な空気を醸し出している、その理由が分からなかった。
「おいクソコック、いい加減にしろ、こんなとこで油売ってんじゃねェぞ」
突然別の男が現れた。どうやら彼の待ち人のようだ。髪は緑の短髪。隻眼の強面に一瞬固まってしまったが、よく見ると片耳に三連のピアスが揺れている。ゆとりのある黒いコートのようなものを纏い、紅い腰紐の先を長めに垂らしたスタイル。中の黒いパンツは裾に向かって膨らみがある。ラグジュアリーかつ迫力のあるシルエットだ。難しい装いをこの男性もまた鮮やかに着こなしていた。ただ、気になったのは腰に刺した三本の刀のようなものだ。あれは模造刀だろう。そんなコレクションが今日あった記憶はないのだが。
「おっと、残念、もう時間切れだレディ。こんな時に限って迷わねェんだな、無粋な野郎め」
「いちいち女に目移りしてあちこちうろつき回んじゃねェ、ナンパ野郎」
「へーぇ、全部見てたのかよ? おれの? 行き先を?」
「ッ、目立つんだよ、てめェは!」
「ヤキモチは嬉しいけどよォ、まあ今からそう焦んな、今夜は長いんだからよマリモちゃん?」
「ちゃんて言うな」
「じゃマイハニー」
「斬られてェか」
言葉を失っていると、金髪の男性は目をハートにして奇妙な動きをしながら言った。
「束の間の逢瀬だったけど、君と過ごせて幸せだったよレディ〜。いつかもう一度出会えたらきっと恋の嵐が吹き荒れ…グホッ」
「早くしろって言ってんだろアホコック」
あっけに取られてふたりを眺めていた私は、ハッと思い立ち、さっき浮かんだ疑問を聞いてみた。
「あ、あの、あなた方は…コレクションの関係者の方…ですか? モデルさんとか…」
するとアホコックと呼ばれた金髪の男性は、こちらを振り返るとふいにかがみ込んで、唇に指を立てて小さな低音で答えたのだ。
「おれたちは海賊さ。内緒だよレディ」
緑髪の男性に首元を掴まれ、引きずられるように去ってゆく金髪の男性。そして、緑髪の男性の足元を見て悟ってしまった。
青と緑の迷彩柄のハイカットシューズ。靴裏の鮮やかなピンク。金髪の彼とお揃いの、ルブタンなのだった。