「海賊狩りを捕らえたぞ!」
扉の向こうから、気勢を上げる野太い大合唱が聞こえて来る。
海賊狩りだと? まさかあのアホ。
この島の大切な特産物を密輸している船が停泊しているというんで、この島の住人たちにたっての願いだからと頼み込まれたナミさんに言われてマリモとふたりで乗り込んだのはほんの数分前のこと。当然、乗ってる連中は堅気の奴らじゃあり得ねえ。とはいえ、数人蹴散らせば瞬殺でカタが付くだろうとおれたちはタカを括っていた。
だいぶ前から嫌な予感はしていた。マリモの迷子が計算外だった訳じゃねェ。決してそうじゃねェ。
計算外だったのは、迷子のスケールだ。大してデカくもねえ船内で、あいつの姿が消えた。
最初に船尾から乗り込んで、人けのない倉庫に忍び込み、機を見て甲板に飛び出す。右舷と左舷、二手に分かれて密輸野郎どもを片付けたあと、帆をおろして岸壁に待機している島の連中に合図して、倉庫の密輸品を運び出す。たったそれだけの手順だった。ああそれなのに、我らが一味の誇る唯一の戦闘員であるロロノア・ゾロくん!
何捕まってやがんだてめぇは。
潜んでいた倉庫を抜け出し、雄叫びの聞こえる方へダッシュする。まあ急ぐような理由はなかったが、どんな捕らえ方をされたのか、その方が興味があった。
はたして、甲板のメインマスト上方に、逆さに吊り下げられている男が見える。
ロープで体を簾巻きにされているが刀が三本、しっかりと腰に刺さっている。顔が後ろを向いていて、表情は伺えない。海風が出てきたのか、波に船体が揺られるたびに、ゾロの身体もゆらりゆらりと揺れて帆柱にぶち当たりそうになっているが、まだ耐えているようだ。
「これは上物だぜーー!」「懸賞金、今いくらだ!?」「高く売れんぞ!」「早く売りさばいちまえ!」
下卑た声がマストの下に次々と集まってきて得意げに叫んだ。
あのバカ。
おれは甲板に飛び出し、三下どもを蹴散らして帆柱の周りを囲む図体のデカい集団に近づいた。
「おい、なんだてめェは?」
「お、おい、コイツは、もしかして海賊狩りの仲間じゃねぇか?」
「ああん?……ひょっとして貴様……黒足、の……?」
「そうっすよ!コイツ、麦わらの一味、黒足のサンジっすよ!」
「あァ?手配書はこんな顔だったか?もっとだらしねェゴミみてェな顔だったぞ」
「そうっすよね……いやでも、髪型や服は似てますぜ」
ポケットを弄ると、なけなしの一本が見つかった。唇の端に咥え、ゆっくりと火を点ける。
「……おーお。ご名答。おれは海の名コック、黒足のサンジだ。よくよく有名人らしいなァおれたちァ。なァ、そこの逆さマリモ」
「るせェぞ。無駄な口上なんぞくっちゃべってねェで早く下せ」
「それが人にものを頼む態度かよ、ったく。しょうがねェ、おれの活躍ぶりをそっからとくと見物しとけ」
敵を舐めているわけじゃねェが、こんな雑魚どもに何をどうやればあんな捕まり方をするのか、あとでじっくり追及してやらァ。
ネクタイのノットに指をかけて少し緩め、爪先を数回、甲板にコツコツと打ち付ける。煙草は咥えたままで十分。両手もポケットで十分だ。
「んじゃ、行くか」
◇
「……で、お前、改めて聞くがよ、なんださっきのあの捕まり方は」
「るせェな。んなこたどうでもいいだろ」
「よ、か、ね、え!てめ、あの状況でおれが来なかったら、一体どうやって脱出する気だったんだっての!いくらてめェでも手足も刀も封じられちまったら」
「アホか。おれは一人でここに来たんじゃねェぞ」
「ああ?」
「どうせてめェが来る。分かり切ったことだ」
「…………」
意外なセリフだった。おれと共同作業することになって忌々し気に舌打ちしてやがったその口で、そんな
言葉を吐くとは驚きだ。
「おーーーい!サンジさんゾロさん、こちらです!こちらに一つずつ降ろしてもらったら、おれらが運び出しますんでお願いしますー!」
「お、おう!任しとけ、今から降ろす」
「おいてめェ」
「何だクソマリモ」
「そっちの荷物かなりデケェぞ、いけんのか」
「は!おいおい馬鹿にすんなよマリモ君、てめェの持ってるそれの十倍はいけるに決まってんだろうが」
「へぇ、じゃおれはそっちの五十倍運んでやる」
「カチーン!言うじゃねェか逆さマリモ君、じゃおれはその百倍は運んでやらァ」
「あのー、早くしてもらえねェですかい?」
「「わーかってる!!」」
◇
「あら、もう運び出し終わったの?ずいぶん早かったじゃない」
「ナミすわーーーん!もっちろん!ナミすわんのご依頼とあらば、このサンジ電光石火のごとくゴフッ!!」
「終わったら腹減った、何かねェのかクソコック」
「な、に、しやがる!てめ、この船のコックの腹に突きを入れるたァいい根性だ、今日のメニューはなあ、剣士の逆さ吊りの燻製だコラ」
「あァ?!上等だ、絶対作れよそのメニュー、作れなかったらコックの名は返上だコラ」
「んだとォー?」
「(……やだ、このふたり、すっかり仲良くなってる)」
「なあサンジ―」
「ああ?なんだウソップ」
「さっきの密輸船に落ちてたらしいんだけどよ、これ。島のやつがサンジさんの事じゃないかって」
「は?おれ?なんだそれ」
ウソップから手渡された封筒は開封されていて、その表書には「マル秘」と書いてある。
中身の赤茶けた紙を広げてみると、
『……ゆえにこの添加物は再現した名店の味を脳にこびり付かせて虜にさせどんな穀類も食べ始めると止まらなくなりやがて過食のため死に至る。これを指名手配中の例のコックの名でばらまけばよい。マージンは儲けの70%とする』
ーーあのゲス野郎ども。密輸だけじゃなく、こんな非道なことを企んでやがったのか。しかもおれの名で、だと?
一人残らずのしておいて良かった、と紙を握りしめようとした時、横から伸びてきた手にそれを奪われた。その手は紙を強く握りしめ、ビリビリに引き裂いたと思うと岸壁から海に投げ捨てた。
「おい、何すんだマリモ」
「油断した」
「あ?」
「あの船内でこの封書を見つけて、つい読んじまった」
「え……」
「腹に火ィ点いちまって、背後に不覚を取った。まだまだ修行が足りねェ、おれは」
コイツが背後に不覚を取るなんてのは、よほどの事だ。そのよほどの事が起こって、逆さ吊りマリモがさっき生まれたという事実が、にわかに信じられない。
呆然と立ち尽くすおれにチラと一瞥をくれて、ゾロは横を通り過ぎて歩き出した。
「ッ、おい、待てよ、ゾロ」
かける言葉が思いつかないまま、とにかく速足で歩いてゆくゾロを、おれは追いかけたのだった。
End.