刻すでに甘し

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思いがけずよく笑う野郎だと思った。
おれに対して以外の奴らには。
しかめ面が緩むのはどんな時かも見切った。
酒をかっ食らっている真っ最中。
寝ているようでも敵の気配には誰よりも敏い。
そんな男が隙を作る時があるのを知る。
(厳ついだけの脳筋野郎かと思ったが……)
手にした大瓶の中身をゴクゴクと喉へ流し込み終え、瓶の口からキュポンと音を鳴らして唇を外したその瞬間を狙った。
「なァ」
振り返るという確信は、あった。
酒の雫に濡れ、「ァ?」の形をした唇を一息に捉え、己の唇を重ねる。
柔らかい。
重ねたまま、薄い皮膚の向こう側を想う。
突き飛ばされるか、斬られるか。その拒絶までのお前のコンマ一秒を、今だけおれにくれ。
言い訳は後で考える。
次の刹那、おれのうなじを掴んだ大きな手がグイと引き寄せられた。重なっていた唇がさらに強い力で絡み合わされる。
五秒……十秒……
コンマ一秒どころじゃねェ。

信じ難いことに、熱の籠った唇はどうやら拒絶を断った、らしい。
それが何故なのかは、後で必ず問いただす。
ただ、今は……ああ何てこった。
狙った唇が墜ちてきた、この震えるような奇跡に全身で溺れさせてくれ。


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