初桜

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今年も、近所で一番気の早い桜が満開を迎えた。
昨年よりも少し遅く、花冷えのする朝晩を様子見していたのかもしれない。とはいえ周りの見栄えのする大きな桜たちは、まだ悠々と花開かせる準備中である。満開を待てずにカメラを向けるアマチュア写真家たちを焦らす余裕がありそうだ。
けれどこの桜は、そんな事は一切気にせず自分の咲きたい時季に花弁を開き、春の嵐が到来すればまた惜しげもなくひと足早く花弁を散らす。
サンジは、この桜のそんな潔さが好きだった。
だから今年も、慌ただしい時期の合間を縫ってこの桜のいる椋の木の並木路を訪れた。
「咲いたなァ今年も」
「ああ……そうだな」
フワフワと緩んだ風が、若草色の短い髪を揺らしている。
「ここだけ見りゃ、何も去年と変わってねェのな」
「そうだな」
「ちょっとガタついたあそこの石畳も、そのまんまだ」
「そうだな」
ゾロの工夫のない返事も、本心からの同意の言葉なのだろう、穏やかな口調が心地良く受け止められる。この木の下で甦る景色は、ふたりとも同じものな事は間違いがなかった。

おれたちはここで出会い、そしてここから始まった。

ふいに弥生の風がピンク色をした花弁をハラリと運んで来た。若草色の飾りにと選ばれたらしい数枚の花弁に彩られたゾロは無心に枝を見上げている。
「……似合うぜ、意外と」
去年よりずっと精悍な顔つきになった男は、涼しげな瞳を不服そうに細めながらこちらに視線を寄越した。

桜の精、見てくれてるかい?
おれたちは今、ここまで仕上がって来たよ。レディ、君のお陰でさ。

end

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