時計を贈る

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時を刻むものを贈る。
それはとても、ベタな行為のように思えた。いや、このおれが、料理ではない何かを誰かに贈るなんてこと自体がだ。レディにならいくらでも捧げる物は思いつく。思いはつくが実際おれは、誰か『特別な』レディに何かをプレゼントした記憶がない事に気がついた。
その事に気がついたのは、そう。この時計をある人間に贈ろうなどと酔狂な事を思いついたそのタイミングで、だ。まさに酔狂。さらに言うなら狂気の沙汰。時を刻む?まさか、おれと共にこれからの人生を刻んでくれとか?おれと過ごす時間をお前にプレゼントしたいとか?反吐が出る。アホくさくて体中から発疹でも出る勢いだ。そうまでして誰にそんなものを贈ろうって?よりにもよって、一体誰に。

「あー、そこのウワバミマリモくん、ちょっと来い」
恒例の宴で主役以外が全員酔い潰れた後(船医だけは暴れ疲れて昏睡してしまった)、いまだ平然と美味そうに酒を樽ごとかっくらっているこの船の剣士を、夜も丑三つ時のキッチンへ誘った。これ以上まだ酒が出るのかと、片手に空のジョッキを持って無邪気にゾロは付いてきた。おれはというと、バクバクと心臓が爆音を立てているのを知らぬふりをしていた。
「何だ、まだ良い酒でも隠してたのか」
「いんや、違ェよ。まあそこ座れ」
軽く頭上にハテナマークを浮かべながらゾロは椅子を豪快に引いて悠然と座った。
おれは鍵付き冷蔵庫に隠してあったモノを取り出すと、ワザと仰々しく丁寧に、ゾロの目の前にそれを置いた。焦茶色の皮で出来た四角い小さめの箱だ。ゾロはじっとそれを見つめた後、しばらくして訊ねた。
「何だこれ」
「ま、開けてみろ」
言われた通りにゾロは、箱の蓋をそっと開いた。
中身は、そう。時を刻む腕時計。
「てめェにやる」
「……」
それはターコイズの青い石を文字盤に使った、ムーブメントが三つあしらわれた腕時計だ。デザインとしては、大きくゴツいが極めてシンプルで面白みがあるわけではない。ただ、三つのムーブメントというのは、一つは時刻、一つは月齢、もう一つは、北極星の位置を中心とした星座盤のようなもの。晴れた日の夜空なら、自分の居る位置を知ることが出来るという代物だ。
そして。
「なかなかのもんだろ?それ」
「おれに……これをか?何でだ?」
そう問われるのは予想していたというのに、やはり一瞬声に詰まってしまった。馬鹿、おれ。しっかりしろ。たかがプレゼントだ。たかが。そう言い聞かせようとしても、バクバクの心臓が邪魔をする。これほどの緊張は想定外だ。それどころか今までの人生でも思い当たらない。
「まあ、その…アレだ。お守りってやつ?」
「おまもり?」
「いや、てめェの誕生日だからってわざわざ買ったんじゃねェぞ。その、たまたま見かけた時計屋の店員が可愛いレディだった…わけでもねェ。ただの白髪のオヤジだった」
「何が言いてェんだてめェ」
「いやだからだな!……待て、今から言う」
落ち着けおれ。ここで気合入れねェでどうする。
深呼吸をひとつ。ネクタイを締め直す。ついでに椅子に引っ掛けていたジャケットを着込む。袖口を軽く直す。
「おい…」
「あのな」
ひと息に。
「その青い石はな、旅人を守る為のものらしい」
「……旅人を?」
「てめェの道中、無事を護ってくれる石だ。だからお守りみてェなもんさ」
「……そりゃありがてェが、時計に守り切れるとは思えねェが」
「いいんだよ、それは代行」
「代行?」
「おれの代わり」
そう言うと同時に、おれはついにタバコを一本、口に誘い入れた。なんつうキツケの要る台詞を吐かせるんだか。
果たしてその台詞が通じたかどうなのか、数秒のあいだ無言だった目の前の剣士は左手首にその腕時計を付けると、その手を照明にかざし満足げに口角を上げた。
「成る程な……そりゃあいい」
思いもかけずゾロは良い笑顔を見せた。動揺を隠せずに、火をつけたタバコを鼻先にチラつかせるのが精一杯の間抜けなおれ。こんなベタな贈り物でまんまと幸せになっちまった。ああラピスラズリの女神様、仕方ないんだ、コイツはおれの『特別』だから。

この先も無茶をすることが約束されているだろうお前の道中に、お守りなんていくらあっても足りねェだろう。物ってものは永遠じゃねェ。
だからせめておれの祈りが、命の際にお前を守ることが出来ますように。
そして願わくば、最後まで共に傍らに在らんことを。

 

end

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