2025サンゾロ週間で書いたSS。海賊、つかの間の陶酔。
船尾近くの甲板のへりに、その男は柵にもたれて立っていた。悠然と、両肘を柵の上に預け、片足を交差させて。
その男に向かっておれが一歩一歩近づくと、すぐに察してこちらへ顔を向ける。そのまま、だんだんと距離を縮めながら甲板を歩く。視線はまっすぐにおれの目を射たままで。近づくにつれて徐々に歩調を緩め、ゆっくりと、男とおれとの間を横切る潮の香りのする風を退けて近寄る。男は目を離さない。一歩ずつ、吐息の震えを感じるまで近づいて鼻先1センチ、見開いた男の瞳に映るおれが大きくなると、ふと薄い二重が緩められた。鼻先は、互いの先を掠めて頬に触れ、息を重ね、冷えた唇を押し付け合って、それから、躊躇いを乗せた舌を差し入れると、この世のものとは思えないほど甘い味わいが脳髄に注ぎ込まれる。
潮風に吹かれながら確かめ合うひと時のあいだ、男は無抵抗におれに唇を預け続ける。どんなに異端な惑星に迷い込んだとしてもこうはコイツを変えることは不可能だと、そう思える程に、おれの前だけでは、およそらしくもない、従順で、熱情的な変貌を遂げる男、ゾロ。
これはきっと、ある種の夢だ。
束の間の陶酔をおれは自らにそう言い聞かせていた。