眠れぬ夜はあきらめて、濃い目の珈琲と肺深くの煙に限る。
電灯のように丸く馬鹿デカい月が宙に浮いているその真下には、ただ無言の黒い海があって、その闇間を月は照らそうとしている。その光から逃げるようにゆらゆらと揺れる波。この世の全てが眠っているかのような静けさ。
その静寂を密かに裂いて、微かな金属の音が聞こえる。衣擦れと、硬質でブレのない塊が規則正しく床板を蹴る音。昔、子供の頃に読んだ本には、聖なる夜には良い爺さんと怖い爺さんがやって来て、良い子にはプレゼントを。悪い子には鞭を与える、と。
「お前は、どっちの爺さんだ?」
「あ? 誰が爺さんだ」
「良い子にしてたつもりだけど? おれァ」
ふん、と鷹揚に鼻を鳴らして、それでも真っ直ぐこちらに近づいてくる男に何を与えられようと、おれからの捧げ物はもう決まってた。ずっと前から、決まっていた。
この眠れぬ夜をすべて。
眠れぬ夜を
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