ゾロはレイドスーツ姿のあのサンジを見てないはず。(ちなみにチョッパーは原作でおそばマスクは見てない気がします、すいません。妄想ということで)
「なあなあ~サンジい! あのかっこいい変身したやつ、も一回見せてくれよぉ」
丸い黒目をうるうるとさせた船医が、足元をぴょこぴょこと跳ね回る。
「チョッパー、あれァもうねェ。おれは二度とあんなもんに頼らねェんだ」
「えええー、なんでだよサンジぃ! もったいね~!」
そう言ってチョッパーは地団太を踏みながら思いっきり眉毛を下げた。
「すっげぇカッコよかったじゃねえか! 黒いマントをバッサーッ、って颯爽と登場した時はおれ、おれ、めちゃくちゃ感動したんだぞ!」
「そ、そうかい」
無理もない。あのいでたちを目にすれば大方の少年どもは目をキラキラさせてボルテージマックスになるだろうし、雄たけびでも上げるだろう。それも伝説のステルスブラックが目の前に現れたと来れば。
絵に描いたような「ヒーロー」だ、ってな。ま、あれは立派な悪役なんだが。
「さ、その話はもうやめだ。チョッパー、今日の晩飯何がいい」
ええ~、とまだ不満げに唇をすぼめつつ、それでもチョッパーの脳内は好物の料理の皿が次々と浮かんできたらしく、そのうち口の端によだれを零して、へへっ、何でもいいのか? ウソップにも聞いてみる! と叫んで船尾の方へ走っていった。
「ふう」
おれがレイドスーツの缶を踏み潰したのは、一味の誰にも見られてはいないはずだ。
だからおれがこの先、あの姿になることがないって事を知るやつも誰もいない。(女湯は実に名残惜しいが)
一度ならず二度までも、致し方なかったとは言えあんなクソ科学の恩恵を受けちまったことは五臓六腑を抉るほど腹立たしい。確かに異常に頑丈な外骨格だった。それにしてもあれを着た後の訳のわからない己の身体の変化を思い出すと虫唾が走る。あんなもんの力を借りずとも、もうおれは一段高みの強さを得た実感がすでにある。クイーンの野郎をぶっ倒した事実は確実な自信となっているのだ。
ともあれもう、この世にあのレイドスーツの缶は存在しない。それは、ひとつの安心材料ともなっている。これ以上おれは、自身の血のおぞましさを思い出したくはない。
胸ポケットから、しけりかけた煙草を一本取り出し、別のポケットに入れたはずのライターをまさぐっていると、床板をごつごつと蹴る重い足音が近づいてきた。顔を上げれば案の定、だ。
「なんだ変身てのァ」
どストレートに質問をぶつけてきたのは言わずと知れたロロノア・ゾロだ。一体どこからどこまで聞いていたのか。
「んあ? てめェには一ミリも関係ねえ話だ」
「関係なきゃ聞いちゃ悪ィのか」
珍しいことに、ゾロはなぜか食い込んで来る。
「マリモくんが変身にご興味がおありとは意外だな?」
「チョッパーがねだるくれェだからな」
そう言ってゾロは隣に陣取り、腕を組んで水平線の方角に目をやった。
「あん時のてめェの変化、には関係あんだろ」
ズキリ、と心臓が跳ねた。
あの時、そうだ、おれが体の変調に気づいた時、コイツが隣にいたのだった。
体中を流れる違和感、それがもたらす未来、煙のように広がる己への『恐怖』。それをコイツに悟られまいと必死だったあの時の情景がまざまざと甦ってくる。
「ま、まあ……全く関係ねえことはねえ、かな」
言葉を選んでいると、ゾロはふ、と小さく笑みを零して言った。
「どんな変身だか知らねえが、中身のてめェはアホのまま変わらねえだろ」
「ああ? アホにアホって言われる筋合いはねェんだけど?」
「そのアホにアホって言われるくれェだからよほどのアホだてめェは。だから天地がひっくり返ってもてめェのアホは消え失せねェから安心しろ」
「はあ? 何を安心しろって…………」
続きの言葉を飲み込んだのは、その時突然気づいたからだ。
コイツの言っている「安心」の意味を。
ゾロは無言だった。
おれの身体に流れる血の変化。それが将来どうなるのか、現状のままかそれとも徐々に変わってゆくのか。それはおれ自身にも誰にもわからない。ただ、それでもおれがおれでいられるのなら、この冒険を続けられる。それだけで十分だ。そう思えるのは、隣にコイツがいるからだと。
「……もしおれがヒーローだったら」
「あ?」
「お前に出会うことはなかったろうな」
そう言うと、少し怪訝そうに首を傾けたゾロは、てめェがヒーローなんざ天地がひっくり返ってもありえねェ、と言って爽やかに笑った。