ある限界集落にたどり着いた二人がお年寄りに重宝がられる。
「いやあ、ほんに助かる。ほんに助かる」
深い皺がたくさん刻まれた手が次から次へと手を握ってくる。一人や二人ではない。何十人も列を作って、おれと、隣の野郎の手を握る順番を待っている。握りしめながら、深々と頭を下げてくる。何度も腕を揺すり、しわくちゃの笑顔を見せながら肩をしこたま叩いて去る老人。笑った目じりの皺の間から涙を流す老人もいる。
俺たちがその村を訪れたのはほんの偶然だった。
運転席をゾロに任せたのが運の付きだった。幹線道路をいつのまにか逸れ、低い山郷の谷間を縫う一方通行の道に迷い込み、人家は徐々に減ってゆく。Uターンをかます場所を探しながら前進するしかなかったが、いつまでも右は崩れかけたのり面、左は沢を臨む崖っぷち。気づけば山間の寒村の手前で道は尽きた。
その寒村にはしかし人々が生活を営んでいた。辺りの山間の斜面には狭苦しく段々畑がこしらえられていて、そこここに、崩れ落ちそうなほど鄙びた人家が点在している。一見、どうやってあそこまで登るのかと思われるほどの山肌の隙間にも人の住む形跡があった。
参ったな、と車を降りて、舗装されていない道の雑草を踏みしめながら少し先へと徒歩で向かうと、なにやら簡素な社に草で編んだ縄やコメらしき俵を運ぶ列が細々と続いている。
「兄ちゃんたち、どっから来た?」
すかさずその集まりの中の一人が話しかけてきた。少し腰の曲がった、白髪の老人である。
「いやあ、おれたち、どうやら道を間違えたみてェで。行き止まりになっちまって」
そう言って隣のゾロを小突く。ゾロは反撃とばかりにおれのかかとを軽く蹴ってきた。
すると老人はふぉふぉふぉと笑い(顔のしわ具合からどうやら笑ったと思われた)おれたちにこう言ったのだ。
「兄ちゃんたち、ここはどん詰まりの村じゃあ。めったに来れんとこやで、そや、ちょいと手ェ貸してくれんかい」
「ああ? 手ェ貸す? 何をすんだ」
これから、この村では収穫を祝う祭りをする準備をするのだという。ごらんのとおりの廃れた村でな、若い衆はみんな都会に出て行ってしもうて、毎年の祭りの準備も年寄りばかりでそらあ難儀なもんになってもうて。そう語り続ける老人の背の向こうには、なるほど歳を重ねた人びとばかりが重い道具をいくつも運んでいる様子だった。
「儀式は毎年必ず行われるんじゃ。これは続けにゃならんでのう」
そんな風におれとゾロを交互に見渡されれば、黙って去るわけにもいかない。おれ達は老人たちの手伝いをすることにした。社の柱を建て替えるためにバカ太い杉の大木を運ぶ村人に交じり、太鼓の台や米俵をいくつも運び入れた。自分の背の何倍もある酒樽を一気に抱えるゾロを見て、村人は拍手喝さいを浴びせた。
そうしておれたちはいつの間にか、村の祭りが終わるまで彼らと行動を共にした。
神事の当日。
社の神主が幣を振り、大祓詞(おおはらいのことば)を述べるのを、村人の座る列の後方でゾロと見守る。大きな樽から神酒が紅の盃に注がれ、順に回し飲みが行われていった。祭りの当番の人々が神酒を飲み干して無事の完了を感謝し、次の当番へと回す儀式なのだとか。その盃が次々と後方へ渡されてゆき、なんとおれの手に盃が添えられた。
「え、これ」
「お前らァも飲みなされ。今までようけ働いておくれじゃった。ほれ」
そう言われて断る理由もなく、おれとゾロはなみなみと注がれた神酒を一口で飲み干した。
その様子を見つめる周りの人々の目が温かい。皺に埋もれて落ち窪んだ目も、しゃがれた声も、曲がった腰も、総じてみんな、生き生きと酒を共有し、この祭りの場を共に過ごす。生きていることをこうして共有することこそ、祭りの意味なのだと神主は語っていた。連綿と伝えられてきたこの儀式は絶えさせてはいけないと話した老人も、頷きながら目じりの深い皺をますます深くしていた。
村人たちはおれたちを大歓迎してくれた。
そんな人々に手を振って、またおれとゾロはあてどもない旅を続けるために車に乗り込む。
彼らに会うことはもうないかもしれない。けれど、その彼らが生きた村が、生きた証が、いつまでも残ればいいと思いながら、おれはギアを入れた。
「なあゾロ」
「あ?」
「美味かったな、あの酒」
「酒? ……ああ、あれァ美味かった」
「三々九度、っていうらしいぜあの盃は」
「らしいな」
「共に生きる、って誓いなんだな」
そう言ってそっと隣を振り向くと、まっすぐに前を見つめたままゾロはわずかに口角を上げた。