その島はあまり大きくはなかった。
遠くから見れば何か柱のようなものが突然海から突き出たような形をしている。近づいてみれば空に向かって聳え立つ絶壁は、そこを登る人間をとことん拒むかのように反り返り、岩々には荒くれた波がぶつかって絶えず水しぶきを上げていた。
それにしても妙なカタチの島があったもんだ。かれこれ、多くの奇怪な島に上陸しては来たものの、ここまで船の接岸をあからさまに受け付けない岸壁もそうないだろう。
「クッソ、面倒なカタチしてやがる」
刀が三本あって正解だった。一本だけならこの崖を登るには相当難儀するだろう。順に刀を崖の固い岩盤に突き刺しそれを足場にしながら上へ。時おり激しく波が崖を打ち付けて身体ごと海水を被り刀を濡らし、何度も足を滑らせかけた。濡れた服が水分を含んでずしりと重みを増し、自身の体重ごと海面へ引きずり戻そうとする。刀の柄を握る手がぬるついて数回落ちかけ、相当時間がかかったがようやく島の最上部へとたどり着いた。
登りついてみると、海から見たよりもずっと狭い。一瞬で一望できるほどの平らな登頂部は、いくつかの岩陰しか見当たらない。もちろん草木も、水もない。こりゃあ雨が降るまで待つしかねェな、と、とりあえず日陰になるところにドシリと腰を下ろす。
草木もないというのに、どこからか鳥の声が届く。魚でも見つけて仲間に知らせているのかもしれない。海風が一方向に吹きすさび、頭上の雲が次々と流れてゆく。
嵐でサニー号から投げ出された後、何日漂流したのかはわからない。絶海の孤島を見つけた時には命拾いしたと思ったが、まさかこんな島とは思わなかった。まあそのうち、船でも通りかかるのを待つしかねェか。
いつしか意識を失っていたらしい。
目を開けると、頭上の青かった空はすっかり夜が支配していた。星が隙間なくうるさいほど大量に散らばっている。降ってくればいいものを、どれもこれも遠巻きにおれを見ている。
腹が減っていた。けれどここにあるのは土と、海と、有り余る星ばかりだ。これほどあっても何一つ食えるものがない。夜空にばらまかれている眩しいほどの星は、当分のあいだ雨も降らないことを示していた。
崖のきわから下を覗き込んでみれば、三百六十度、海、海、海だ。空を映して濃い藍色をした海が圧倒的な物量で取り囲んでくる。開放された牢獄と言っていい。こんな場所には船がなけりゃ人間は何も出来やしないのを思い知る。
何日かが過ぎた。
毎夜、大量の夜の星に付き合っているうちにある事が頭を過ぎった。まさかな。そんなわけがねェ。こんな広い海域でログポースも持たず地図も持たない一人の人間を探し出すなんてことは天地がひっくり返ってもできねェ仕業だろう。
今の今までおれは神とやらに祈ったことはない。災難は自分以外の誰かを当てになんぞするもんじゃない。ましてや、あの男の顔がしつこく頭に浮かぶなんてのはもっての外だ。
振り払っても振り払っても、かえってこびりつくようにあの男のアホ面が脳裏にチラつく。
したり顔で悪態をつきながらおれを探し当てて来る、青い目をしたあの男が。
さらに日が過ぎた。何日目かを数えようとして積んでいた小石が風に吹かれてバラバラと崩れた。
空腹と喉の渇き。そろそろ体が痺れて来やがった。
寝転んだ顔の真上から滝のように降ってくる。星が。宇宙が。後悔が。
この手で心臓を握りつぶしてしまいたかった。もしも刃以外で死ぬのなら、介錯してほしいのは只の一人だけだったと今頃になって気づいてしまった。
もしも生きて戻れたら、奴に伝えたいことがある。
岩肌に打ち付ける波の音が遠ざかる。力の入らぬ腕をどうにかずらして、傍らの一文字の柄を握ろうとしたときだった。
「――よりによって、この島に打ち上げられるたァ、な」
あたたかな手のひらが頬に触れた気がした。気のせいだろう。おれを哀れんだ星がひとつ、落ちてきただけに違いない。
終