ふたりきりの時間

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航海の初期、はじめてふたりきりになってしまったサゾ。


 真っ赤な火の球がゆっくりと輪郭を滲ませながら、水平線の向こうへ去ってゆくのを、何故かクソ剣士とふたり、冷えた空気に晒されながら見つめる。人ひとり分ほどの間を空けて、隣に立ってかなりの間無言だった男は、徐ろに口を開いた。
「……くたばった人間は」
「あ?……」
「ガキの頃に聞いた話だ。あの世に行った人間は、山の向こうに住んでいて、年に一度里帰りしてくるんだと」
 ゾロの口からガキの頃、などという話が出るのを初めて聞いた。そもそも、今のいままで、些細なことさえ張り合って、寄れば悪態、触れば歪み合った記憶しかないのだ。船内じゃどこへ行っても誰かしらクルーがうろついている。うっかりこいつと二人きりになってしまって、改まって何を喋ればいいかなんてわかろうはずもない。その妙な沈黙をゾロが破ってきた事も意外だった。
「山の向こう……? てめェのガキの頃、近くに山なんてあったのか」
「ああ、あった。おれの住んでた村のすぐ裏手にな」
 ガキのゾロが住む村。次々と飛び出す新たなキーワードに想像力を動員してみる。が、おれには身近な山なんてものがどうも頭には浮かばない。
「山か……ま、普通、それなりの島ならそれくらいはあるか。おれの暮らしてた所にゃ山はなかった。おれは死んだ奴は海の向こうにいるもんだと思ってた」
 そう言うとゾロは、ふいに不思議そうな顔をこちらに向けた。
「山がねェのか」
「ああ」
「山がねェなら、そりゃ海だな。きっと海から里帰りしてくるだろ」
「そうなのか?……考えた事ねェけどな」
「わりと近くにいつも居る、ってこった。生きてるおれ達は、見られてる」
 そう言ってゾロはまた、陽の溶け込んだ水平線の方へと視線を戻した。
 何の話をしているのかとも思う。けれど、こんな話をゾロがしてくるのは悪い気がしない。それにゾロが言う『おれ達』には、おそらくおれも含まれているだろうことは言外にも感じられた。それが何だ、と言うことはないのに。
「……面白れェことも言えるんだな、お前」
 つい、いつもの調子でそう返してしまった事をおれは盛大に後悔した。あァどういう意味だと気色ばむ剣士に中断されてしまったその先の時間を、もう少し味わってみたいと、そんな事を思ってしまったのだ。
 

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